【映画「キング・オブ・コメディ」感想/レビュー】狂気的な羨望の先にあるものは

  • 10月 20, 2019
  • 10月 20, 2019
  • CINEMA
出典: Yahoo!映画

今巷を騒がせている映画「ジョーカー」に大きな影響を与えているという本作「キング・オブ・コメディ」。

「ロバート・デニーロ」が重要な役割(本作では主演)で出演しているというのも大きな共通点ではありますが、何より映画全体の空気感が似てます。

本記事では、この作品が「こういう人におすすめです」ということと、感じたことを書き、結果としてこの映画を見て楽しむ人と、見たあとの楽しさを昇華できる場にできたらなと思ってます。

こんな人におすすめ

  • 「ジョーカー」が好きなひと。これは間違いない
  • 1900年代の映像に抵抗のない人
  • サイコパス的な人物への受容ができる人
  • 心の奥で、何かに対しての執着や憧れがある人

ジャンルとしては、カルト・ブラックコメディなので、そこに対して強い不快感を抱いてしまう方は、見ない方がいいと思います。
あと1980年代の映画なので、映像は荒いです。

この記事はネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となっております。作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

あらすじ

あらすじは以下です。

「タクシードライバー」「レイジング・ブル」のマーティン・スコセッシ監督&ロバート・デ・ニーロ主演によるブラックコメディ。コメディアン志望の青年ルパートは、有名コメディアンのジェリーに接触し自分を売り込もうとするが全く相手にされない。そこでルパートは、ジェリーの熱狂的ファンである女性マーシャと手を組んでジェリーを誘拐し、自らのテレビ出演を要求するが……。

出典:映画.com

物語の冒頭で、憧れの人物である「ジュリー」と接触し、しつこく自分を売り込む「パプキン」。ジュリーが使った別れる口実の、「事務所に電話してくれ」という言葉により、パプキンの行動は徐々に猟奇的になっていきます。

憧れの人物と想像通りの関係を築いていくパプキンの「妄想」と、ジュリーの一言を妄信し、奇行といえるパプキンの「現実」は、境目が曖昧に描かれていきます。

パプキンの奇行

パプキンは奇行を繰り返します。

妄想と現実が曖昧になり、妄想で語られる「君のは才能がある」という言葉を「現実」と錯覚し、 番組のパネルに向かってひたすらにデモンストレーションを続け、自分のテープが評価されるのを心待ちにする。「別荘に来ないか」という妄想上での言葉を現実ととらえ、意中の女性をつれていったり、秘書からの「結果がでたら電話する」という言葉をうのみにし、街の電話を独占するパプキン。

客観視すると、明らかな奇行ではありますが、いざ主観になるとどうでしょうか。
例えば恋愛。会社の同僚で、あこがれの女性に、ひょんなことで手助けをすることになり、感謝され、社交辞令の「今度お礼させて」という言葉をもらう。

自分のあらゆるスペックを考えても、彼女と自分が恋愛関係になるわけではないと思ってしまいますが、心のどこかで、「もしかしたら…」を期待してしまわないでしょうか。

多くの人は、それを信じることによって「失うもの」を数え、行動しません。逆に、それを信じ一歩踏み出す人もいます。その中の大多数は恥をかきますが、ごく一部の人間は、希望を現実に変えます。そして、その話は時々僕らの耳に届き、「あの時踏み出せばよかったのかな」なんて思わせたりします。


だからといって、行き過ぎたパプキンの行動を肯定するつもりはありませんが、根底の部分は僕らと変わらないのではないのか、そう感じてます。

ターニングポイントと目的意識


本作のターニングポイントは、ジュリーが行き過ぎた行動をするパプキンに対して、直接「タクシーでの言葉は厄介払いのため」と伝えた瞬間です。

それまでパプキンは、秘書に「経験不足です」と言われても、ジュリーの言葉でないことを確認し、ジュリーに直接伝えることを試みてきました。彼の言葉を信じ続けていたからです。

ただ、この瞬間、ジュリーの言葉が偽りだったと気づき、パプキンは次の手段である誘拐に移ります。


パプキンは一貫して、「コメディアンの王」になるという目的に執着し行動していたのです。
その手段が「ジュリーとコネをつくること」、そして「ジュリーと関係性を構築し、コメディアンの才能を認めてもらうこと」、「テレビに出演すること」でありました。

ただ、このタイミングで「 ジュリーと関係性を構築し、コメディアンの才能を認めてもらうこと 」ができないと確信し、「誘拐・脅迫して番組に出演する」というプランに変更したのです。

パプキンは、世界を、自分を客観視することはできませんが、目的に対しての行動力が異常で、狂気的です。
僕自身もそうですが、こうなりたいという思いがあっても、「行動」できない人がほとんどでないでしょうか。
そう考えると、パプキンに対して、ある種の尊敬の念を抱いてしまいました。

狂気的な羨望のその先に


誘拐を実行し、テレビ局を脅迫したパプキンは、番組に出演することに成功します。そこでは、自分が書いた台本で、観客から喝さいの拍手を受けます。コメディアンとして舞台にたったことがなく、妄想をするばかりでしたが、彼には才能があったのです。
また、番組内のセリフの後半が、彼の心からの言葉であり、パンチラインです。

子供の頃から僕が興味を持ったのは芸能界
トップを狙った つまり、サイン集め
今夜ジェリーがいないのはなぜか
彼は縛られてて来られない 僕が縛った
嘘ではない 芸能界に入るための手段だ
ジェリーを誘拐した
ジェリーは今椅子に縛られている
笑ってもらえて嬉しい
出たかいがあった
君らは僕がイカれてると思うだろう
だが ドン底で終わるより 一夜の王になりたい

パプキンは、犯罪を犯し警察に捕まろうが、誰かを傷つけようが、「一夜の王」になり、脚光を浴びたかったのです。



これまでの奇行も、彼は奇行と認識したうえで、底知れぬ狂気的なスターへの羨望のもと、行動していたのです。

結果として、パプキンは捕まるが、その後自伝小説を書きヒットし、「スター」となり、この物語は終わりを迎えます。
このラストが、「妄想」だという説もあり、答えは明らかになっていません。

パプキンは過去の経験より、誰よりも強く「スターになりたい」「周りから脚光を浴びたい」と願った。それは生きている僕たちが、大小はありとも、誰もが抱いたことのある感情であると思います。
そして、客観的にみると狂気ともいえる行動の結果、パプキンは目的地にたどり着きました。

さいごに


パプキンは、世間的にいえば「間違っていること」をし、人に大きな迷惑をかけているため、この行動を肯定することはできません。

ただ、大きな目的を達成するためには、狂気的ともいえる行動力が必要なのではないか、そう強く感じました。

僕には突き刺さるもののある作品でした。